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Ruggiero Romano

2012年02月08日 22:40

パソコンのメモリを倍にしたら、確かに動作がややキビキビ。
荷造りに着手しようとおもふ。

昨日読み終えた本。
Ruggiero Romano, Coyunturas opuestas: La crisis del siglo XVII en Europa e Hispanoamérica, FCE, México, 1993.

昨夏のペルー行きの際、中継したメキシコで拾ってきた本の一つ。
要点はタイトルが全てで、17世紀の(主に経済)状況を見ると、
ヨーロッパ=衰退(英蘭除く)、イスパノアメリカ=興隆
という対照的な局面が確認出来る、というもの。

ちなみにRomanoはあのFlores Galindoの指導教官。

通読して印象に残った点を適当に書くと

17世紀を通じてアメリカは成長を続けていたのであって、
それをスペインが満たせなかっただけ、というコメント(p. 138)。
だから英仏蘭の船や、密貿易が増えたのだ、とまでは書いていないが、
母国だけが得をするような、搾取型の交易は成立しえなかったということか。

アメリカ市場からスペインが買い取れなかった品物は、他に売るしかない?
アメリカ市場にスペインが売りたくても出せない品物は、他の国に売ってもらうしかない?

後は、言葉の定義、及びある現象を分析する際にする細かい設定は見習いたい。
しかし「危機」の定義の仕方において擦り合わせがなされない限り、研究者間の批判はあまり生産的にならないような。
また、例えば経済的には好調でも、政治的には危機という、複数次元の危機が併存している、ことはないか。

あとは、Romanoの発言ではないが、封建制と資本主義が相容れないもののように書いてあるのが印象的である。

彼は17世紀のイスパノアメリカはシステムのconsolidacionの時期であった
と書いており、いわゆるイスパノアメリカの17世紀=成熟論者と言えるかも知れない。
今書いている論文で当初、17世紀=成熟の時代、と気安く書いていたのけれど、そういう事を
はっきり述べた研究者を、実はそんなに沢山は見ないのだ。

Romanoが論駁したいのは17世紀=危機の時代、という構図にアメリカまで含めてしまう事なので、
彼が成熟論を出すのは理解できる。しかしイスパノアメリカ植民地は危機的状況にあった半島の
財政改革の影響を受けずにはおれなかったわけで、Andrienの本などを読むと、アメリカも危機だろうよ、
と思ったりもする。ちなみにAndrienの本をRomanoは「危機の定義が宙に浮いてしまっている」と言っており、
それは確かに一理あるのだが。

17世紀=成熟論と並んで、Romanoは、アメリカの自治autonomíaを求める動きが
はっきりと現れるのが17世紀だとも言う。しかし商業活動に関して言うなら、アメリカ側の要求は
殆ど全て退けられていたのであって、こうなるとスペイン国家は本当にdebilだったのか、とも思う。

またスペインの衰退は、明らかにアメリカの興隆をもたらした(p. 149)というのだが、
衰退したからこそ植民地搾取型の政策が主流になったのであり、それらはアメリカ経済の枷にこそなれ・・・
という風に思うのだが、自分にはまだ経済とは何か、の定義が出来ない。

というか衰退、興隆はそれぞれ、どう定義されてたっけ。メモを読み返さねば。


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